「劇場版 機動戦士ガンダムII 哀・戦士編」の感想・レビュー

劇場版 機動戦士ガンダムII 哀・戦士編

「機動戦士ガンダムII 哀・戦士編」はTV版の第十六話~第三十一話(の最初の方)までを纏めた内容になっていました。前作の「機動戦士ガンダムI (砂の十字架編)」は第一話~第十四話までを纏めた内容でしたが、続編が第十六話からと言う事は...ククルス・ドアンのお話が飛ばされたと言う事に...。

「機動戦士ガンダムI (砂の十字架編)」と同様に一部に話の内容や順序の変更、新しいシーンの追加、台詞の変更などが見られました。これにより、TV版では分からなかった事が判明すると言う嬉しい面もありましたが、姫が良かったと思っていた部分にまで変更が加えられている事があり...そちらは少し残念でした...。

「機動戦士ガンダムI (砂の十字架編)」と同じく音の入れ直しが行われていました。この音の入れ直しによって作品全体の雰囲気が変わってしまっていた事がとても残念でした...。

「機動戦士ガンダムI (砂の十字架編)」もそうでしたが、ブライトがホワイトベースのクルーから階級を付けて呼ばれる場面が見られました。また、「艦長」と呼ばれる場面もありました。TV版ではクルーは誰もブライトの事を「艦長」とは呼ばず、「ブライト」や「ブライトさん」と呼んでいたのですが...。

声優が変わっていたせいなのかマ・クベの喋りにそれほど気持ち悪さを感じませんでした...TV版では酷く気持ち悪かったのですが...。今思えばあれはあれで味があり、良かったのかも知れません...。そう思うと変わってしまった事が残念です。

TV版よりも早い段階からニュータイプの話が注目されているようでした。ニュータイプと言う言葉が出てくる頻度もTV版よりも高いように感じました。

ホワイトベース隊がニュータイプ部隊と呼ばれていました。

TV版でのGファイターの役所がコアブースターに変更されていました。

ホワイトベースの地球での航路がTV版とは異なり、北米ラウンドの後、アジアを経由しないで直接ヨーロッパへと入っていました。

ヨーロッパラウンドでのホワイトベース隊はオデッサ作戦には直接は参加しなかったようです。

ランバ・ラル隊にドムが届く届かないの話や、水爆発射の話がありませんでした。エルランも裏切りませんでした。ドムを回さない話や水爆発射の話やエルランの裏切りの話はマ・クベの卑劣さや狡猾さを見る事が出来るお話だったのですが...マ・クベ好きには残念な事だったと思います。

アッザムが出て来ませんでした。とても残念です。

ランバ・ラル対ホワイトベース

セイラからシャアの事を訊かれたコズン(捕虜)が、セイラにそれを話した場面。コズンからシャアに就いて...地球からの流れ者で、ザビ家に恨みがあって、キシリアが引き抜いた...と聞かされたセイラは、シャアが自分の兄さんである事に間違い無いと思い「良かった」と言ってました...。確か、TV版ではセイラはコズンからシャアが故郷へ帰ったと聞かされ、それに安心して「良かった」と言っていたように記憶しているのですが...。劇場版の内容では、シャアが兄さんだと分かっても(確かにそれは「良かった」と言えますが)、ザビ家に恨みを持ち、現在はそのザビ家のキシリアの部下となっているのですから、素直には喜べないような気がします...。

アムロがジオン鉱山基地を叩こうとしてブライトの指示を聞かずにガンタンクで出撃する話では、リュウがガンダムを動かしていました。

劇場版ではこの時期のアムロの評価がTV版のそれよりも高くなっているように感じられました。特にブライトはTV版ではアムロ不必要論を唱えてアムロをガンダムから降ろそうとしていましたが、劇場版ではアムロをガンダムから降ろそうとしながらもアムロの力は認めているようであり、TV版よりもアムロを高く評価しているようでした。

アムロがホワイトベースから脱走した後の場面ではTV版には無かった挿入歌(「風にひとりで」)が重ねられていました。この場面は(姫の感覚では)TV版とは雰囲気が違って感じられたのですが、これは挿入歌の影響があっての事かと思われます。個人の好みで言えば、ここは挿入歌無しのままの方が良かったです...。

TV版では触れられていませんでしたが、ランバ・ラルの話によるとジンバ・ラルはジオン・ダイクンと共に革命に参加していたとの事です。TV版を見た限りではジンバ・ラルはただ単にジオン・ダイクンに仕えていた人と言う認識だったのですが、同志でもあったようです。

ランバ・ラルの最後のセリフがTV版の「君達は立派に戦ってきた、だが兵士の定めがどう言うものか、よく見ておくのだな」から「見ておくがいい。戦いに敗れると言う事はこう言うことだー」に変わっていました...。姫はTV版の台詞の方が良かったです...。

黒い三連星対ホワイトベース

リュウがまだ死んでいないのにアムロの禁固が解けていました...。

劇場版ではセイラも早い段階からニュータイプ扱いされていました...。適正があるそうです。TV版ではこの時期のセイラには目だって凄いと言えるようなところは無く、セイラがその才能を発揮しだしたのは宇宙に上がってからだったのですが...。

アムロはジャブローに到着する前に既に曹長になっているようでした。

ガイアはTV版よりも名前が出る(判明する)のが早かったです。

劇場版ではTV版よりも早めにニュータイプの話が出て来ていますし、より押し出されていますが、そのためかガイアさえもニュータイプと言う言葉を口にしていました...。

黒い三連星はTV版とは違って一回目の襲撃で三機とも撃破されていました。ただ、そこは変わっていてもマチルダが死ぬのは変わっていませんでした...残念です。

ハモン対ホワイトベース

劇場版にあった説明によるとホワイトベースは「ミノフスキークラフト」と言う仕組みで航行しているようです。TV版ではこの「ミノフスキークラフト」と言う言葉は出て来ませんでした。ホワイトベースの「宙に浮かんでいるような(重力を解決しているかのような)飛び方」はTV版の時から、一体、何なのだろうと気になっていのですが、「ミノスフキークラフト」がその疑問の答えなのでしょうか...。

劇場版ではハモンの復讐の話が黒い三連星の話の後に回されていました。イセリナの復讐の話は省かれていましたが、ハモンの場合はそうはならなかったようです。

ハモンの戦闘服はTV版ではヘルメットと肩の部分までが紺色でそこから下がピンク色のものだったのですが、劇場版ではそれが全体的にピンク色のものに変えられていました。

ハモンのフルネームはクラウレ・ハモンと言うようです。TV版では不明でした。

ガンダムがハモンのマゼラトップに後ろを取られた場面では、アムロのところにマチルダのお化けが現れ、アムロに「大丈夫」と声を掛けていました...。TV版ではハモンの復讐の話の時にはまだマチルダは生きていたのですが...話の順序を入れ替えた影響が見られます。

このマチルダのお化けが言った「大丈夫」はアムロに限定しての「大丈夫」だったようです...。マチルダのお化けがアムロに声を掛けた後、確かにアムロは大丈夫だったのですが、アムロの援護を行っていたリュウの方は大丈夫ではありませんでした...。

劇場版ではマゼラトップの砲の威力がTV版よりも上がっているようでした。ガンダムの後ろを取ったマゼラトップがその砲でガンダムを撃つ場面...TV版では一撃目でガンダムの背中にあったシールドを破壊し、二撃目でガンダムの背中にある箱を破壊していたのですが...劇場版では一撃でその両方を破壊していました...。

アムロはTV版よりも劇場版での方がニュータイプ能力の開花が早いように見えます。

リュウは劇場版でも死んでいましたが、マチルダと死ぬ順番が逆になっていました。

アムロがハヤトを殴っていました...。TV版を見ていた限りではこの時期のアムロは敵兵は殺しても人を殴るような人間では無かったと思うのですが...。

ホワイトベースのクルーがオデッサの戦死者に敬礼している場面...アムロは、知人の中で時間的に最も近い死者であるリュウの事を差し置き、それよりも前に死んでいるマチルダの事を思い出してそれを悲しんでいました...。

ハロの敬礼(?)が可愛いかったです。

ホワイトベースはオデッサ作戦に参加しなかったようです...スパイの話もありませんでした。北米からアジアに寄らずに真っ直ぐヨーロッパに入ったのに作戦に参加しないとは...。

北アイルランド基地

北アイルランド基地ではレビル将軍が兵士達にニュータイプの話を聞かせていました。TV版ではこの時期の連邦軍はニュータイプの事を余り気にしていない様子だったのですが(この場面では一年間の刑務所暮らしの話やモビルスーツ/モビルアーマーに就いての話をしていました)、やはり、劇場版ではニュータイプの注目度が上がっているようです。より早くから着目され、より関心を持たれ、より多く扱われるようになっています。

整備していたガンダムの顔の開き方が「アゴを残しての両開き」になっていました。TV版(第四十話「エルメスのララァ」)ではガンダムの顔は「アゴも一緒の右開き」だったのですが...。どちらも可能と言う事なのだと思います...。

カイの頭の中での「軟弱者」の繰り返しが無くなっていました...。好きな場面だったのですが...残念です。

ガンダムがズゴックに海に引きずり込まれる時にあった「謎の画面」が劇場版では無くなっていました...。

ミハルとカイ

大西洋上のグラブロ戦はガンダム抜きで行われていました。

ガンペリーのミサイルはズゴックを狙っていたように見えましたが、ミサイル発射後、何故かズゴックでは無くグラブロ(パイロットがやられていた)が沈んでいました。(爆発もグラブロの爆発の画(TV版でグラブロの爆発に使われていた画)でした...。)そして、戦闘はそこで終了...。まだ、海にズゴックが残っていると思うのですが...放っておいて良いのでしょうか...。

ジャブロー

ジャブローではブライトが大尉、ミライが少尉、セイラが准尉、アムロが少尉、カイが少尉、ハヤトが曹長、フラウ・ボゥが上等兵に昇進していました。また、先に戦死したリュウは三階級特進で大尉に昇進していました。

TV版と劇場版とで階級を比べると...ブライトは中尉だったのが大尉、ミライはどちらも少尉、セイラは軍曹だったのが准尉、アムロは曹長だったのが少尉、カイは伍長だったのが少尉、ハヤトは伍長だったのが曹長、フラウ・ボゥはどちらも上等兵、リュウは二階級特進で中尉だったのが三階級特進で大尉...となっています。TV版の階級と劇場版の階級...どちらが本当なのでしょうか...。

TV版ではブライト、スレッガーは共に中尉であり、同じ階級だったのですが、劇場版ではブライトが大尉、スレッガーが中尉となっていました。ブライトの方がスレッガーよりも階級が上と言う事で特に問題も起きずに済んでいました。

スレッガーの声がTV版とは違っていました。聞き慣れる事が出来ず、非常に気になりました...。

ジャブローでのシャアは搭乗機ズゴック(シャア専用ズゴック)のバランサーが狂うと言う理由で撤退していました。その前にメインカメラがやられていたのですが、そちらは問題無いのでしょうか...。特にこの頃のシャアは「たかがメインカメラ」と言えるほどでは無いように思うのですが...。

宇宙へ

「宇宙」が「そら」と表現されていました。

最後は、主題歌「哀 戦士」が流れる中、ホワイトベースが夕日に染まるジャブローから飛び立って行き、終わっていました。

この最後の場面はとても印象的な場面になっているのですが、それは物語の内容だけで無く、情景(夕日に染まるジャブロー)や音楽(「哀 戦士」)の影響も大きいのでは無いかと思います。物語、情景、音楽の3つが相俟って、より印象的な場面を作り出している...そのように感じられました。「機動戦士ガンダムII 哀・戦士編」における姫の最もお気に入りの場面です。

機動戦士ガンダムII・主題歌 「哀 戦士」

  • 作詞 : 井荻麟
  • 作曲・歌 : 井上大輔

「機動戦士ガンダムII 哀・戦士編」の主題歌「哀 戦士」。この曲が使われた際の劇中での状況も影響しているのかも知れませんが、とても格好良い曲に感じました。

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